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最高裁判所第一小法廷 平成2年(行ツ)147号 判決 1992年10月29日

上告人

小野田三蔵

遠藤庸夫

皆川輝男

滝本崇

松﨑忠

佐藤一郎

佐藤安司

河口一

門馬洋

青田勝彦

早川篤雄

新妻慎一

菅原隆

大内秀夫

小武海三郎

大和田秀文

泉叶

右一七名訴訟代理人弁護士

安田純治

宮沢洋夫

大学一

鵜川隆明

小野寺信一

佐々木新一

山田忠行

被上告人

通商産業大臣

渡部恒三

右指定代理人

佐治輝好

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人安田純治、同宮沢洋夫、同大学一、同鵜川隆明、同小野寺信一、同佐々木新一、同山田忠行の上告理由第一の一について

核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(昭和五二年法律第八〇号による改正前のもの。以下「規制法」という。)二四条一項四号は、原子炉設置許可の基準として、原子炉施設の位置、構造及び設備が核燃料物質(使用済燃料を含む。)、核燃料物質によって汚染された物(原子核分裂生成物を含む。)又は原子炉による災害の防止上支障がないものであることと規定しているが、それは、原子炉施設の安全性に関する審査が、多方面にわたる極めて高度な最新の科学的、専門技術的知見に基づいてされる必要がある上、科学技術は不断に進歩、発展しているのであるから、原子炉施設の安全性に関する基準を具体的かつ詳細に法律で定めることは困難であるのみならず、最新の科学技術水準への即応性の観点からみて適当ではないとの見解に基づくものと考えられ、右見解は十分首肯し得るところである。しかも、同条二項に、設置許可に当たっては、申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設備の安全性に関する審査の適正を確保するため、各専門分野の学識経験者等を擁する原子力委員会の科学的、専門技術的知見に基づく意見を聴き、これを尊重するという、慎重な手続が定められていることを考慮すると、右規定が明確、適正な許可基準を定立していないとの非難は当たらないというべきである。したがって、右規定が不明確、不適正であることを前提とする所論憲法三一条違反の主張は、その前提を欠く。

また、行政手続は、憲法三一条による保障が及ぶと解すべき場合であっても、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、常に必ず行政処分の相手方等に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるなどの一定の手続を設けることを必要とするものではないと解するのが相当である。そして、原子炉設置許可の申請が規制法二四条一項各号所定の基準に適合するかどうかの審査は、原子力の開発及び利用の計画との適合性や原子炉施設の安全性に関する極めて高度な専門技術的判断を伴うものであり、同条二項は、右許可をする場合に、各専門分野の学識経験者等を擁する原子力委員会の意見を聴き、これを尊重してしなければならないと定めている。このことにかんがみると、所論のように、原子力基本法(昭和五三年法律第八六号による改正前のもの)及び規制法が、原子炉設置予定地の周辺住民の同意、公聴会の開催、周辺住民に対する告知、聴聞の手続及び安全審査に関する全資料の公開に関する定めを置いていないからといって、右各法が憲法三一条の法意に反するものとはいえない。以上のことは、最高裁昭和六一年(行ツ)第一一号平成四年七月一日大法廷判決(民集四六巻五号四三七頁)の趣旨に徴して明らかである。

論旨は、いずれも採用することができない。

同第一の二及び第二の一ないし三について

規制法は、その規制の対象を、製錬事業(第二章)、加工事業(第三章)、原子炉の設置、運転等(第四章)、再処理事業(第五章)、核燃料物質等の使用等(第六章)、国際規制物資の使用(第六章の二)に分け、それぞれにつき内閣総理大臣の指定、許可、認可等を受けるべきものとしているのであるから、第四章所定の原子炉の設置、運転等に対する規制は、専ら原子炉設置の許可等の同章所定の事項をその対象とするものであって、他の各章において規制することとされている事項までをその対象とするものでないことは明らかである。

また、規制法第四章の原子炉の設置、運転等に関する規制の内容をみると、原子炉の設置の許可、変更の許可(二三条ないし二六条の二)のほかに、設計及び工事方法の認可(二七条)、使用前検査(二八条)、保安規定の認可(三七条)、定期検査(二九条)、原子炉の解体の届出(三八条)等の各規制が定められており、これらの規制が段階的に行われることとされている(なお、本件原子炉のような発電用原子炉施設について、規制法七三条は二七条ないし二九条の適用を除外するものとしているが、これは、電気事業法(昭和五八年法律第八三号による改正前のもの)四一条、四三条及び四七条により、その工事計画の認可、使用前検査及び定期検査を受けなければならないこととされているからである。)。したがって、原子炉の設置の許可の段階においては、専ら当該原子炉の基本設計のみが規制の対象となるのであって、後続の設計及び工事方法の認可(二七条)の段階で規制の対象とされる当該原子炉の具体的な詳細設計及び工事の方法は規制の対象とはならないものと解すべきである。

右にみた規制法の規制の構造に照らすと、原子炉設置の許可の段階の安全審査においては、当該原子炉施設の安全性にかかわる事項のすべてをその対象とするものではなく、その基本設計の安全性にかかわる事項のみをその対象とするものと解するのが相当である。右のように解しても、規制法は、右にみた各章別、段階的規制により右規制の全体を通じて原子炉施設の安全性を確保することとしているのであるから、所論の違憲主張は、その前提を欠く。

また、右によれば、所論の廃棄物の最終処分の方法、使用済燃料の再処理及び輸送の方法、廃炉、マン・マシーン・インターフェイス(人と機械との接点)、SCC(応力腐食割れ)の防止対策の細目等にかかわる事項は、原子炉設置許可の段階における安全審査の対象にはならないものというべきであり、原判決に所論の違法はない。

論旨は、いずれも採用することができない。

同第二の四について

原審の適法に確定した事実関係の下において、本件原子炉設置許可処分を適法であるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第三について

本件記録によれば、原審の措置に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官三好達 裁判官大堀誠一 裁判官橋元四郎平 裁判官味村治 裁判官小野幹雄)

上告代理人安田純治、同宮沢洋夫、同大学一、同鵜川隆明、同小野寺信一、同佐々木新一、同山田忠行の上告理由

第一 原判決には憲法の解釈を誤った違法がある。

一 適正手続を保障する憲法三一条は科刑手続、司法手続にみならず、行政手続にも適用される。行政庁の自由裁量行為についてすら適正手続の適用を認めた下級審判例(東京高判昭和四〇年九月一六日等)が存するところ、覊束行為あるいは覊束裁量というべき原子炉設置許可処分は適正な手続をもってはじめて適法に行使しうるものである。

原子炉は事故発生の際はもちろんのこと、平常運転時においても多量の放射性物質を周辺環境に放出し、国民の生命、身体、財産等を侵害する高度の危険性を有するが故に、その設置は原則禁止とされ、一定の要件を満たした場合に限って許可されるものである。

したがってその許可(禁止解除)は、憲法三一条により、実体要件、手続ともに適正な内容の法律によって行われなければならない。

ところが、原子炉設置許可を定める「核原料物質、核燃料物質および原子炉の規制に関する法律」(以下「規制法」という)二四条一項、特にその四号は白地規定にも等しく、実際の審査にあたり基準とれさている告示、安全設計審査指針、気象の手引等はいずれも行政機関の内規にすぎないものであり、法的根拠を欠くものである。

原判決は、原子炉施設設置の禁止を解除する行政処分に係る法律構成は立法機関の決すべき事項であり、「かかる立法政策を選択した理由としては、原子力発電の安全確保の技術が不断に急速な進歩を遂げつつある実情に鑑み」、「最も有効妥当な規制方式であると考えたから」であるとするが、右は原子炉発電技術が未成熟であることばかりか、どのような安全審査をもってすれば危険がないことを確認しうるかという審査技術自体が未確立であることをはしなくも示すものである。

「陳腐な科学知識に基づく旧弊の技術水準に依拠した誤った結論に陥るおそれ」(原判決)がある限り、設置許可はなされてはならないし、技術がそのような段階を脱したことが十分確認されて、いいかえれば、明確な許可基準を定立しえて、はじめて可能となるはずのものであるからである。本件許可処分が、適正な実体要件(許可基準)を法律で定めなければならないとする憲法三一条に違反することは明らかである。

また、設置許可手続には、原子炉設置予定地周辺住民の同意を得ること、公聴会の開催、周辺住民に対する告知、聴聞の機会の設定、周辺住民に対し安全審査に関する全資料を公開すること等が要求されているものであるところ、規制法および原子力基本法関係各法規には右所要の規定がなく、手続のうえでも合憲性を欠いている。

したがって、本件許可処分は、実体要件、手続とも憲法三一条の要求する適正手続を欠くものとして違憲無効なものというべきである。

二 原判決が判示したように、規制法が「段階別、分野別規制の方式」を採り、しかも原子炉設置許可処分にあたっての安全審査の対象とされるのは、原子炉施設自体の基本設計ないし基本的設計方針についての安全性に限定しているとするなら、同法および原子力基本法は住民の生命健康および財産等を保全する機能を果たしえず、憲法一三条、一四条、一五条、二五条、二九条に違反する。

原子力発電は、核燃料の生産、原子炉の運転、発電、廃棄物の処理処分、使用済燃料の再処理、廃炉等一連のシステムが密接不可分に関連し、その全体性においてはじめて技術体系として確立しうるものである。特に、炉の運転は、厖大な核分裂生成物の発生という後もどりのできない段階への突入を意味し、右トータルシステムの中でのスプリング・ボードの位置をしめる。このことは、廃棄物処理や再処理の能力を欠いたままの炉の運転がいかなる事態をひきおこしているのかをみれば明らかであろう。まさに、「使用済核燃料および放射性廃棄物について、再処理ないし最終処分のための方策が立てられないでいる現状のもとでは、これを原子炉施設敷地内で貯蔵していく外なく、これが年々累積するうちに貯蔵施設から漏出する事態を生じないであろうか」(原判決)とおそれられる事態となっているのである。

炉の設置許可は、使用済燃料の再処理等の「見通しのある場合に限って」、すなわち原子炉発電技術がトータルシステムとして確立しえて、はじめてなされるべきものであり、この点についての安全審査を欠落した規制法等は違憲無効である。

また、原子炉施設のみに限っても、設置許可に後続する工事計画の認可等の手続は、いずれも実際の工事の過程で、原子力発電所の各施設、設備の機能等が設置許可の審査において前提とされたとおりになっているか否かを審査するためのものであり、運転のもたらす巨大な危険性に対する総合的な審査たりえないものである。規制法等が原子炉施設自体の基本設計等の審査のみをもって安全審査たりうるとしているとするなら、同法は憲法の前記各条項に違反する無効なものであるといわざるをえない。

第二 原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違反がある。

一 規制法が、炉の設置許可にあたっては廃棄物の処理、処分、再処理、廃炉等原子力発電技術全体を審査すべきこと、すなわちトータルシステムの審査を要求しているにもかかわらず、原判決は規制法の解釈を誤り、右審査を欠く本件許可処分を適法とした。

原子炉を設置しようとする者は、その設置許可申請にあたり、規制法二三条二項各号の事項を、規制一条の二第一項によって要求される方式に従って記載する申請書、および同法二三条一項、施行令六条、規制一条の第二項による添付書類の提出が義務づけられている。そして二四条一項本文は、「内閣総理大臣(法改正前)は、二三条一項の許可申請があった場合においては、その申請が次の各号に適合していると認めるときでなければ、同項の許可をしてはならない」と定め、これを受けて同項一号ないし四号で許可の基準が定められている。

したがって、二四条一項所定の各基準への適合性が審査されるべき「その申請」とは、前述の申請書、添付書類によるものに他ならず、右に記載が要求されている事項は、少なくともすべて審査対象となっていることは明らかである。

製練事業の指定(規制法三条)、加工事業の許可(同法一三条)の各申請に際しても、製練の場合には法三条、施行令一条、製練事業規則一条の二によって、加工の場合には、法一三条、施行令三条、加工事業規則二条によって、各々申請書、添付書類の提出が義務づけられている。しかし、これらに記載を要求されている事項は、ほぼ当該施設に直接関係する事項に限定されており、原子炉の設置許可の申請が、「使用済燃料の処分の方法」(規制法二三条二項八号等)等の核燃料サイクルの次の段階に属する事項をも申請書への記載等を要求していることと明確な対比をなす。これは、法が炉の運転の核燃料サイクル中にしめる役割に注目し、設置許可段階での審査対象を、原子炉施設に直接関連する事項に限定せず、核燃料サイクル全般、特に運転以後の段階についても審査の対象としている事を示すものである。

二 原子炉設置許可処分における安全審査の対象は、炉自体の基本設計ないし基本的設計方針に限定されるものでないにもかかわらず、これで足りうるとした原判決は規制法の解釈を誤るものである。

かかる限定を認める規定は、規制法中に全く存しないのみならず、基本設計なる概念自体極めて不明確なものであり、原判決はもちろんこれを主張する被上告人自体その明確な定義等をなしえていないものである。

SCC(応力腐食割れ)防止対策、すなわち圧力バウンダリにいかなる性質を有する金属を使用するかという事が基本設計に入るか否かということについて、第一審と原審で判断がわかれることになったのは、この概念の不明確さを示す何よりの証左であろう。

三 かりに、安全審査の対象が基本設計等に限定されるとしても、その範囲が行政庁の裁量的判断に委ねられるとして、マン・マシン・インターフェイス、SCC等を右審査対象から除外することを認めた原判決は、規制法の解釈を誤るものである。

先に述べたとおり、原子炉設置許可処分は、原子炉のもつ高度の危険性からして、覊束行為もしくは覊束裁量とみるべきものであるから、規制法が審査対象とされた事項の要件適合性ばかりか、対象それ自体の範囲まで行政庁の裁量にまかせられているとは考えられないし、その範囲は規制法二三条等の解釈により十分確定することが可能である。原判決はこれを放棄したものであり、違法たるを免れない。

四 原判決が本件安全審査の対象になるとした平常運転時の放射線被曝、核燃料、圧力バウンダリの健全性、ECCS等の事故防止対策、災害評価等の安全確保対策について、それらが規制法二四条所定の審査基準に適合するとした原判決には、同条の解釈についての誤りがあり、かつ理由不備、審理不尽の違法がある。

第三 原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな審理不尽の違法がある。

一九八九年(平成元年)二月三日、本件炉と同型炉で、かつ一体的関係にある福島第二原発三号炉で、原子炉出力を制御する再循環ポンプが破損し、その破片が炉心に流入、燃料体損傷の危険を生ぜせしめる重大事故が発生していたことが判明した。

再循環ポンプの設計、構造および材質は、いわゆる基本設計に属するものであり、本件安全審査の対象とされたものであることが明らかである。

したがって、右事故の原因はどこにあったのか、これの基本設計に欠陥はなかったのか、については十分な審理が行われなければならないところ、原審は上告人らの再三に亘る弁論再開申立に応ずることなく判決に及んだ。

たしかに、一度結審した弁論を再開するか否かは裁判所の裁量にまかせられているとしても、本件のように、まさに原子炉の安全性についてのもっとも基本的な部分で、結審時には予期しえなかった事態が発生したにもかかわらず、弁論を再開しなかった事は右裁量権を著しく免脱するものであり、原判決は審理不尽の違法を免れない。

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